こんにちは、ビジュアライターの小笠原です。

今日は何を書こうかな?

と思って、
今何も考えずにメルマガを書き始めています。

Googleのことか?
情報発信することの意味にしようか?

ん~、今朝
「情報を発信すると世界が溶ける」
って、言葉が思い浮かんだので、

ちょっと言語化してみようと思います。

これは私の実感なんですが・・

情報を発信するようになると、
世界が溶けていくんですよね。

これどうゆう事かというと、

以前の私は、
新聞やテレビのニュースは
“正しい情報”だと思っていたんですね。

雑誌や書籍も、学校の教科書も
そこには正しいことが書かれているって思ってましたし、

私よりも経験が豊富な
大人たちは”正解を知っている”と思ってました。

で、自分が情報を発信しようと思ったら、当然
「間違ったことは言えない。正しいことを伝えなければならない。」
って考えて調べるんだけど、

あっちではあー言って、こっちではこー言って・・

「いったい正しいことって何?」ってなって
正しいことはそれぞれの立場や価値観によって違う。

って、ことに気づくんですね。

それに、

美しい世の中にも「裏」があって、

プロパガンダや利権など、
自分にとって不都合な部分が見えはじめると、
キリがなくなってしまうんです。

このときに、
CMやメディアによって作られていた
美しい世界が一旦溶けていくんですね。

特にこれを実感したのは・・

震災のときの報道をみたときと、
上の娘が生まれたときです。

震災のときは、情報が錯そうして、
きっと多くの人が、
どの情報を信じればいいんだ。ってなったと思うし、

最終的には、
あらゆる選択肢のなかから自分で選択して、
その決断に自分自身が責任を持たなければならない。

って、ことに気がつかされたんですね。

これはすごく辛かったり、
苦しいことなんですが、

でもそのときに洗脳が溶けるというか、
覚醒するというか、
自分の人生を自分の足で歩き始めるキッカケになるんですね。

あと、
娘が生まれたとき「予防接種のスケジュール」を渡されて、
えっ!?ってなったんですね。

てゆうのも、

その種類が8種類くらいあって、
中には四種混合とかもあって、

赤ん坊にこんな打って大丈夫なん?
って、ビックリしたんです。

以前なら「お医者さんのいう言葉は正しい」と思ってたので、
言われるがまま処方されてたわけですが、

その頃は自分も情報発信するようになっていたんで、
調べるわけですよ。

Googleで。

すると出てくる出てくる。
副反応や利権とかね。

で、それまで自分が知らなかった不都合な世界を目にすると、
もう一気にバイアスがかかって
「こんな世界は許せんっ!」みたいになるんですね。

その後も、
予防接種に関するいくつかの本を読んで勉強してみたものの、
結局、最終的には、

予防効果 ⇔ 副反応

このトレードオフ(一方を選べばもう一方のリスクを許容しなければならない状態)

に対して、やっぱり親である自分が選択して、
決断して、その結果に責任を持たなければならないんですね。

これは、予防接種に限らず、

この世界は正しいことと間違っていることが、
ハッキリしていることなんて少なくて、

どっちが正しいのか?
何を信じれば良いのか?
どっちを選択すればよいのか?

そんなモンモンとすることのほうが多いんですね。

で、最近はGoogleも特に健康系などは
間違った情報は出さないようなアルゴリズムになっていますが、

まぁ、つまんないわけですよ。

たしかに、
間違った情報で健康被害が出てしまったら良くないので、
よくわからない人が書いてる記事ではなく、
病院などの施設のホームページを上位に出すわけですが、

病院では教えてくれないことを知りたい人にとって、
必要な情報が出てこない。

こんな状況になってしまったのは、

「自分が稼げれば何でもありー」な人たちが、
コピペやデマの情報をバンバン出してしまったからで、
結局、自分自身の首をしめる形になってしまったんですね。

(いずれはAIも取り入れられて検索エンジンの精度もさらに上がっていくと思いますが)

これは別に、
「美しい世界の裏側も知るべきだ!」とか、
「不都合な事実は見ないほうが良い!」
というわけではなく、

世界は光と影のコントラストで成り立っているから、
不都合な部分も許容しながら、

「じゃー自分はどうしていきたいんだ?」
「これから自分はどんな世界に生きたいんだろう?」

って考えながら、

一旦溶けた世界を、自分なりに作っていくこと(再構築)が
自分の役割であって、
大人としての姿勢なんじゃないかって思うんですね。

だから私は、
ブログで情報発信するっていうのは、

・正しいことだけを主張することや
・間違ったことを暴こうとすることよりも

正しいか間違っているか分からないけど
それでも自分の視点をシェアしたり、
自分が感じていることを伝えることが大事なんだと思ってるんですね。

もちろんジャーナリズム精神で、
正しさを主張したり、間違ったことを暴くメディアも素晴らしいし、
多くの人の流れ(トラフィック)を作り出すので、
これは、あくまでも”私のスタンスは”という話しです。

と、

何も考えずダーッと書き始めましたが、
「情報を発信すると世界が溶ける」

そして・・

「溶けた世界を自分なりに再構築していくことも情報発信」

なのかな?って感じですね。

ちゃんと着地できたか分からないけど、
たまにはこうゆうのもありですよね?

では、また!

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